(ヒストリー#2)昭和天皇のお言葉を代読された皇太子殿下

昭和天皇のご名代として

昭和62年(1987年)10月24日~25日、皇太子殿下・同妃殿下(現在の天皇皇后両陛下)は、海邦国体(第42回国民体育大会秋季大会)開会式ご臨席のため、沖縄をご訪問になりました。両殿下にとって、4回めの沖縄ご訪問でした。

両殿下は、那覇空港にご到着後、糸満市摩文仁の国立戦没者墓苑と沖縄平和祈念堂を訪れ、沖縄戦の遺族や県内の各界代表者らとお会いになり、昭和天皇からお預かりになったお言葉を、ゆっくりと一言一言ご代読になりました。

 


さきの大戦で戦場となった沖縄が、島々の姿をも変える甚大な被害を被り、一般住民を含む数多(あまた)の尊い犠牲者を出したことに加え、戦後も永らく多大の苦労を余儀なくされてきたことを思うとき、深い悲しみと痛みを覚えます。

ここに、改めて、戦陣に散り、戦禍にたおれた数多くの人々やその遺族に対し、哀悼の意を表するとともに、戦後の復興に尽力した人々の労苦を心からねぎらいたいと思います。

終戦以来すでに四十二年の歳月を数え、今日この地で親しく沖縄の現状と県民の姿に接することを念願していましたが、思わぬ病のため今回沖縄訪問を断念しなければならなくなったことは、誠に残念でなりません。

健康が回復したら、できるだけ早い機会に訪問したいと思います。

皆には、どうか今後とも相協力して、平和で幸せな社会を作り上げるため、更に努力してくれることを切に希望します。


県遺族連合会の野村朝賢さんは、「陛下のお言葉をお聞きして、感動で涙を流しました。殿下がご代読されるお声を聞いているうちに、まるで陛下がそこにおられるような気持ちになったのです」と語りました。

そして、翌25日、両殿下は沖縄県総合運動公園陸上競技場で海邦国体開会式にご出席され、皇太子殿下が前日のお言葉に加え、沖縄行幸啓中止を残念にお思いであること、戦争の辛苦を乗り越えた県民へのねぎらいのお気持ちなどが綴られたお言葉をご代読されました。

 

(読売新聞社の紙面のあゆみを紹介するWebサイトで、たまたま4万号として、このご訪問の記事が掲載されていました。以下のサイトもぜひ合わせてご覧になってみてください)

https://info.yomiuri.co.jp/media/yomiuri/ayumi/ayumi_14.html