(両陛下の沖縄ご訪問#4)昭和62年10月24~25日、国民体育大会

昭和天皇のご名代

昭和六十二年十月二十四~二十五日、第四十二回国民体育大会(海邦国体秋季大会)が、沖縄県で開催されました。

国体の開会式には、天皇皇后両陛下がご臨席になります。つまり、昭和天皇が、天皇として初めて沖縄をご訪問されることとなったのです。(大正10年・1921年3月に皇太子としての欧州歴訪途中での沖縄ご訪問歴はありましたが、即位後は初めて。詳しくはWikipedia「皇太子裕仁親王の欧州訪問」をご覧ください)

昭和天皇は終戦後、戦没者の遺族を慰め、打ちひしがれる国民を励ますため、「全国ご巡幸」を行われましたが、唯一ご訪問が叶わなかったのが、米軍統治下にあった沖縄でした。昭和六十二年の海邦国体は、ようやく巡ってきたその機会でしたが、昭和天皇の突然の入院、ご手術のため、当時皇太子であった今上陛下がご名代として、沖縄をご訪問になりました。昭和天皇は、沖縄ご訪問に対して強い思いをお持ちでしたが、突然の病気で沖縄を訪問できなくなったご無念を、次の御製にお詠みになりました。

思はざる病(やまい)となりぬ沖縄をたづねて果たさむつとめありしを

十月二十四日、皇太子・同妃両殿下(当時)は那覇空港にご到着になった後、糸満市摩文仁の国立沖縄戦没者墓苑をご参拝になり、遺族らが待つ沖縄平和祈念堂へ移動されました。

平和祈念堂の広間には、沖縄戦の遺族や県内の各界代表者ら百六十三名が整列し、両殿下をお迎え申し上げました。殿下は、妃殿下とともに広間の正面にお立ちになると、「お預かりして参りました、天皇陛下のお言葉をお伝えします」と前置きされ、昭和天皇のお言葉を一言一言、ゆっくりとご代読されました。

県遺族連合会の野村朝賢さんは、「陛下のお言葉をお聞きして、感動で涙を流しました。殿下がご代読されるお声を聞いているうちに、まるで陛下がそこにおられるような気持ちになったのです」と語りました。

陛下は、翌日の海邦国体開会式でも、昭和天皇のお言葉を代読されました。

 

(那覇市・波上宮境内にある昭和天皇御製碑に記されたお言葉)


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(ヒストリー#2)昭和天皇のお言葉を代読された皇太子殿下

https://hougei.okinawa/archives/2470