(両陛下の沖縄ご訪問#5)昭和62年11月12~15日、全国身体障害者スポーツ大会

障害者スポーツを見守られて

昭和六十二年十一月十二~十五日、両陛下は、第二十三回全国身体障害者スポーツ大会(かりゆし国体)のため、五回めの沖縄ご訪問を行われました。

全国身体障害者スポーツ大会は、昭和三十九年の東京オリンピックに続いて開催されたパラリンピック東京大会の名誉総裁を務められた皇太子殿下(当時)が提唱され、翌昭和四十年から始まったものです。

両陛下はそれ以来、平成二年に現在の皇太子殿下・同妃殿下に引き継がれるまで、毎年この大会に出席され、選手や関係者にお声をかけられるなど、障害者スポーツの発展を見守り続けてこられました。

昭和六十二年九月下旬に手術を受けられた昭和天皇は、十月上旬にご退院になり、一時は公務に復帰されるまでに回復されたものの、ご病気は徐々に進行していきました。

崩御される約半年前の昭和六十三年七月下旬、昭和天皇は那須御用邸にお入りになりました。九月の下旬までここでご静養されますが、この頃にもなお、昭和天皇は沖縄ご訪問を諦めておられませんでした。

当時の藤森昭一宮内庁長官は関係者を宮内庁に呼び、「宮内庁としては、植樹祭とか国民体育大会ということでなく、特別に沖縄に行幸願うことを考えている。ついてはご意見を伺いたい」と打ち合わせていました。卜部(うらべ)亮吾侍従も「その後、一泊二日で南部戦跡を慰霊する計画も立てたのですが、結局、実現することはできませんでした」と証言しています。

九月十九日、昭和天皇は大量吐血され、ついに沖縄行幸のご悲願を遂げられることなく、昭和六十四年一月七日、崩御(ほうぎょ)なさいました。

「沖縄をたづねて果さむつとめ」は、今上陛下に託されることになったのです。